この記事の筆者である澤田哲生氏は、核融合発電が「商業化まであと一歩」のフェーズにあるのに対し、反物質推進は物理的にも工学的にも、それとは比較にならないほど高いハードルが存在すると指摘しています。
1. 燃料の「量の壁」
反物質推進において最大の課題は、燃料となる反物質をどうやって確保するかです。
現状: 現在の技術では、必要とされる量に対して、生成できる量が絶望的に少ないという現状があります。
課題: 核融合燃料(重水素や三重水素)とは異なり、反物質は自然界にほぼ存在せず、人工的に生成するにも膨大なエネルギーと手間がかかるため、実用量へのスケールアップは極めて困難です。
2. 燃料を安定させる「貯める壁」
反物質は、通常の物質と接触した瞬間に「対消滅」を起こしてエネルギーに変換されて消えてしまいます。
物理的制約: 真空中に磁石で浮かせて閉じ込める以外に方法がなく、さらに極低温を維持しなければなりません。
実験の限界: CERN(欧州原子核研究機構)でようやく数十分程度の閉じ込めに成功した実績はありますが、それは原子数個から数十個レベルの話であり、推進剤として利用できるマクロな量ではありません。
3. 放射線防護という「重さの壁」
対消滅によって発生するガンマ線は非常に透過力が強く、これを防ぐための遮蔽装置が必要です。
矛盾: 宇宙船に放射線を遮るための重厚なシールドを搭載すると、機体重量が大幅に増加し、せっかくの推進効率が相殺されてしまいます。
核融合との対比:夢の技術への評価
筆者は、四半世紀前の自身の結論(核融合よりも実現の壁がはるかに高い)が、現在も変わっていないと強調しています。
核融合: 2022年にアメリカの国立点火施設(NIF)がエネルギーの純増(投入エネルギー以上のエネルギー回収)を実証しており、発電技術としての物理現象は既に再現されています。
反物質推進: 「存在しない燃料を無から集め、消えないように閉じ込め続ける」という、極めて非効率かつ高度なプロセスが要求されるため、工学的な実現可能性は火星移住よりもさらに先にあると考えられています。
まとめ:科学技術の「測れない価値」
記事の後半では、科学技術予算の在り方や、物理学における還元主義(何でも物理法則で説明しようとする姿勢)への警鐘も鳴らされています。
本質への洞察: 完璧に測れるものだけを追求するのではなく、数値化しにくい「本質的な価値」に目を向ける重要性が説かれています。
科学の在り方: 「到達しない夢」に巨額の資金が流れる産学官の構造に対する批判的な視点など、単なる技術論にとどまらず、現代の科学技術が抱える社会的な歪みについても深く考察されています。
(出典:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/95791)